昔、力士だった時期があるのだが、力士をやっていた当時はちょうどテレビで相撲取りが主役のドラマが流行っており、自分がいた地元の相撲部屋にも同世代の若い練習生が多く来ていた。そのドラマではたしか主役の男が突っ張りの練習を重ねた結果、最終的に突っ張り稽古の柱と同化して柱に馴染んでいくという不気味な技を体得してそのまま終了したのだが、当時はスマホも無かったのでそれに憧れて柱への同化を試みる練習生が後を絶たなかった。勿論ドラマの内容はフィクションで、柱と同化など出来ないことは冷静に考えれば分かるのだが、私の声に耳を傾ける人間は誰一人おらず皆一生懸命に練習に励んでいた。私はというと体格がそもそも相撲に向いてない(169cm・50kg)ことを途中で知りリタイア、それからはニュースで相撲の結果を見るのさえ嫌になり、相撲というものの一切を遠ざけた生活をおくってきたのだが、先日たまたま夕飯時に見ていたテレビで相撲のドキュメンタリー番組が放送されていた。まだ抵抗はあったものの時間が経過していたので片方の目で交互に見ていると、偶然にも私が当時通っていた相撲部屋に取材のカメラが入っていた。玄関を入ってすぐの炊事場や中央の広間など当時の雰囲気がまだ色濃く残っていたが、建物の外観は綺麗になっており、いつの間にか1階には松屋、3階には鳥貴族が入っていた。練習風景も映っていて、奥の方に当時の稽古用の柱が残っていたのだが、この柱が私がいた頃とは比べようもないぐらいに肥大しており、ところどころ不自然に盛り上がり、出所不明の脂肪の塊のようなものがこびり付いていた。そのブヨブヨした気持ちの悪い物体に練習生が必死に突進を繰り返している映像を見せられていると、さっきから自分の口の中で噛み続けている夕飯の「こてっちゃん」もまた私の体に同化していくのだという事実に吐き気を催し、胃の中の全てを吐き出してしまった。胃液で溶けかかったこてっちゃんはほぼ原型を留めていなかったが、むしろそれを再び自分の体に塗りたくることで、儀式的に私が「柱」と同化することが可能なのではないかと実家の母からFAXがきていた。

(2020/11/12)

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